京都いっている間に『「家族」と「幸福」の戦後史』という本を読み終えました。
この本は『ファスト風土化する日本』など、今まで何度も紹介した三浦展さんのいわば「郊外に関する基本書」です。前回述べたことと関連することですが、1950年代のアメリカから現代の日本の郊外化の現状に至るまでの歴史がわかりやすく書かれています。
今回はその中に書かれている日本の郊外の問題点について考察します。
ピックアップすると以下のようになります。
①「故郷喪失」と共同性の欠如
地方から都市 都市から郊外へ 郊外に住む人は故郷がない。
さらに郊外では、生まれた土地も育った場所も異なるさまざまな人間が、短期間に急激に大量に移り住んでくるので、地域の共同性が形成されにくい。
②働く姿がみえない
都心で働く父親については単に寝る場所であり、疲れを癒す場。
さらに郊外は「消費」の場である。生産と労働は都心。(前章で郊外化は「生産」と「生活」を分離させたと述べています。)
昔は子供が親の仕事を手伝っていた。子供は親の姿を見て育った。
現在ホワイトカラー(技術、管理、事務、販売関係職のこと)が多く、パソコンによる見かけでの職業の均質化もその原因の一つ。
③「友達文明」と子供至上主義
日本人のモラルは身の周りの「世間」との関係のなかで形成しているといわれる。しかし、身分、空間、時間が平等に与えられている郊外では「世間」がないようなものである。そのため誰もが友達のような感覚になってしまう。先生や親に尊敬がなくなるのである。さらに消費文化によって「消費」が人の評価基準となることで、父親の権威はますます衰え、子供が「消費」の主役となる。
④均質性
郊外では生活スタイルがほぼ同じ人があつまる。それゆえ、他人と違うこと、他人より目立つことが避けられる。都市のような異質混在の魅力がない。
⑤過度な機能主義的空間構成
土地の明確な区分。人間味のない街。機能的に分離された部屋。
現代の家族は父は仕事、母が主婦、子供が勉強という分業体制が部屋の構成にも影響している。
⑥「私有」空間
ニュータウンはほとんどそこに住む人しかいない。住む人の私有化。公園は誰かに管理されているような居心地の悪さへ。公園、学校、道路などに柵が張り巡らされている。隙間のない息苦しい街。
これらの影響で現在の郊外に起こる、離婚、家庭内暴力、校内暴力といじめ、ニートなどの問題を引き起こしている。実際、自分の身におかれた状況があてはまりすぎて悲しくなった(笑)さらにこれらの指摘は設計に関連するような要素が多いことがわかるだろう。
しかしこの本が執筆されたのは、1999年。前にも述べた1995年ショックやサカキバラ事件が背景にある時代であり、現在ではことの様相は異なっているように思う。上記の問題点に関して自分なりに現在置かれている状況から考察をしよう。(次回へ続く)
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