バイオマスなどが今注目されていることを受けて・・・
実際に地域の町がそれによってブランド化した例から郊外復興の可能性を見ていきます。
んで、そのために関満博の「エコタウンが地域ブランドになる時代」から引用しました。まず、知識の確認として、バイオマスとは、再生可能な、生物由来の有機性資源を指すことはいうまでもないよね。化石資源を含まず、主に
廃棄バイオマス(食品・木材などの廃棄物、し尿汚泥など)、
未利用バイオマス(稲わら、間伐材など)、
資源作物(等質系作物、油糧作物)
から構成されてることを確認してください。んで、本題。
『岡山県真庭市では、特に製材所から出る「木質形バイオマス(ペレット)」を利用して、化石燃料に頼らない地域循環型コミュニティつくりを進めていた。実際、真庭市で生み出されるバイオマスの量は、年間役35万トン。うち約27万トンが再利用されており、重油換算で72000klの削減効果を達成している。
この市でバイオマスに最も力を入れてる会社というのが集成材を生産する「銘建工業」というところである。集成材を作るのに伴う人工乾燥処理の熱源として、バイオマスを利用したボイラー発電を使っており、近年ようやく売電などで元が取れるようになった。
現在のバイオマスタウンの姿が作られるきっかけとなったのが、地域の若手経営者役20人による勉強会「21世紀の真庭塾」であった。1人の行政マンが黒子となり、地域連携のネットワークが形成されていったのである。
その行政マンは、当時から有名だった「銘建工業」などの企業経営者を中心に地域の若手経営者を集め、地域課題を本気で考える若手経営者ネットワークを考えた。そこでマスコミなどのネットワークを通じて集まったメンバーを中心に「真庭塾」を誕生させた。そのとき、、製材業、医者、魚屋、酒屋など約20人が集まる異業種交流ネットワークが形成されたのである。 (その後、月2回のペースでその塾は開かれ、80回の講演会、延べ300時間の勉強会に及んだ。)
塾では、当時開通する岡山自動車道全通(1997)によるストロー現象への危機感、Uターン者である参加者の高い意識、行政マンの立ち回りなどが重なって、町並み再生、新産業創出に向け、将来市の進むべき道を熱く語り合う場ができていった。
こうしてできたのがひとつは「町並み再生部会」による保存活動と、森林資源の活用を手がける「ゼロエミッション部会」だった。ヒノキやそのおがくずなどで猫砂(猫用のトイレ)や、木材をコンクリートに混ぜた「木材コンクリート(moco)」を開発、ネットでヒット商品となった。先ほどのボイラー導入も、地域内で安くエネルギー供給できる仕組みができれば、田舎でも競争できるという議論をした成果だった。
今後mocoを開発した企業では「この会社をプラットホームに、山の木を循環させる仕組みを作って生きたい」と考えていた。』
ここで注目すべきは、この再生までの流れが、
あくまで「地元」で戦う姿勢を誰もが持っていた人たちによる市の再生であったことだとおもう。
地場産業を見据え、今後の先見的な経営体制を考えるための場が設けられ、
それに経営者たちが呼応したことで現在までのことが成しえたのである。
んで、ここで感じたことなんだけど、
郊外における新たな「町」を考えるとき、
それを考える「場」を提供すべきなのかも知れないのかな?明日意見を聞きたいんでよろしくっす!
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